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『太陽の坐る場所』 辻村深月 

太陽の坐る場所
高校を卒業して10年。毎年開かれるクラス会の席で話題になったのは、今は女優となった「キョウコ」のこと。どうすれば彼女は次の同窓会に来てくれるだろう?気がつくと聡美は皆を代表してキョウコに会いに行くことに…。

高校の同級生5人が交代で語り手となり、それぞれがそれぞれの形で囚われたままでいる高校時代のこと、そして現在の状況が語られていきます。

皆が囚われていた高校時代から解き放たれて新しい一歩を踏み出す話、なのかな。

読んでいる間ずっと頭のどこかで思っていたのは「卒業してから10年経って、こんなにみんなが高校時代に囚われてるなんてことあるのかなあ」ということ。高校時代のエピソードと現在の彼ら、バラバラにみればそれほどではないけど、過去から現在と繋げて考えたときにどうにも違和感が残るのです。
だからかな、物語にあまり共感はできなかったのですが、ただ見え隠れする「高校時代の事件」がどういうものなのか、どうやってこの物語を閉じるのかはなかなかわからなくて、途中からは一気読み。

「途中から」というのは、正直最初の語り手の聡美の話は読みにくくてなかなか進まず、ここを読み終えるまでに何日もかかってしまったので…。
たぶん、最初の語り手だからまだ高校時代に何があったのかについては思わせぶりな断片が少しずつ出てくるだけだったこと、あと、聡美の抱えるキョウコへの気持ちがわかりやすく単純なものではなかったというせいもあったかもしれません。

最後まで読み終えてからはじめの聡美の話をもう一度読んでみると、初読の時になぜすんなり読めなかったのか、そこがどういう意味を持っていたのかがよくわかりました。

最後に「そうだったのか」とわかり、読み返して改めてその仕掛けに納得する。こういう構成は好きです。
もっと気持ちが浸れたらよかったんだけどな…。

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辻村深月『太陽の坐る場所』と「現実」・「虚構」・「虚実不明」

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  • [2009/03/03 01:07]
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