スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『玻璃の天』 北村薫 

玻璃の天
『街の灯』に続いて再読。
2冊通して読むと、物語の中で解かれる謎が、はじめは英子とは直接関係のないものだったところから、少しずつ近いものに、そして重いものになっているのだということがよくわかります。

これで準備は整ったわけで、これから『鷺と雪』です。

軍国主義へとつき進んでいく日本で、英子とベッキーさんは何を見て何を考えるのか、背筋を伸ばして(気持ちは、ですが)見届けたいと思います。
あと、期待でどきどきするのは、「幻の橋」で、これは運命の出会いというものでは!?と思った彼と、またどこかで出会えるのかどうか、ですね。

『街の灯』 北村薫 

街の灯 (文春文庫)
先日出版された『鷺と雪』でベッキーさんシリーズは完結、なのだそうですね。
昭和初期の雰囲気がなんともいえないこのシリーズ。とても好き…なはずなのだけど、忘れっぽい私の頭の中にはなんとなくの記憶しか残っていないくて…。
こんな状態で最新刊を読むのはもったいない!というわけで、まずは1作目の『街の灯』を再読。

特にこのシリーズの北村さんの文章は、主人公英子の立場と年齢のせいもあってか「高潔」という印象を持ちます。大袈裟な言い方かもしれないけど、私のイメージはそう。凛としていて、それでいて優しい。
やはり好きだなあと改めて思いました。

続けて『玻璃の天』を読む予定。

『天姫(AMATSUHIME)―1319・鎌倉崩壊』『天姫(AMATSUHIME)―1333・鎌倉滅亡』 倉本由布 /集英社コバルト文庫 

天姫(AMATSUHIME)―1319・鎌倉崩壊天姫(AMATSUHIME)―1333・鎌倉滅亡 先日図書館で目にとまり、「読んで~」と言われた気がして借りてきました。

倉本由布さんの本はデビューされてからしばらくは追いかけて読んでいました。歴史ものだと『夢鏡-義高と大姫のものがたり』とか『空耳の恋唄-頼家私伝』とかが印象に残っています。特に前者、木曽義仲の嫡子義高と源頼朝の娘である大姫との幼い恋についてはこれ以外にも何度も題材にとりあげられています。きっと思い入れがあるんでしょうね。
今リストを見てみたら、私が読んでいたのは1994年頃までのようで、歴史もので人気があるという「きっとシリーズ」は未読です。

さて、この「天姫(AMATSUHIME)」は幼くして執権職に就いた北条高時と、鎌倉幕府を滅ぼした足利尊氏の正室登子が、幼なじみでお互いを想いあっていたという設定。ただ一緒にいたいだけなのに、互いの立場がそれを許さない。それでも、どんな立場にあっても相手を想う気持ちは変わらないけれど、変わりゆく時代の中でその想いを貫くことは難しくて。

久しぶりに倉本さんの本を読みましたが、やはりとても読みやすいです。たぶん、相性がいいんだろうな。ことばがつるつると入ってくる感じで、読み始めてすぐに「読んでいる」という意識がなくなります。真っ直ぐに語られる気持ちにどきどきしたり、胸が苦しくなったりしながら2冊ほぼ一気に読み終えました。
ただ、どちらかというと「鎌倉崩壊」の方が面白くて、後半は読んでいる私の気持ちが主役たちから少し離れぎみになってしまったように思います。たぶん天姫があまり好きになれなかったから…というより、「天姫に操られて歴史が動く」ことがあまり好きではなかったからかな。あとがきに「はじめは天姫が出てくる予定はなかった」というようなことが書いてあったことだし、この時代をこの時代を生きた人だけの物語を、今度は書いてくれないかなあ。

鎌倉時代の終焉については実はほとんど知らなくて、北条高時という執権がいたことはもちろん、尊氏がどういう立場で生まれた人なのかもよく知りません。鎌倉幕府が開かれた時のことはいろいろな物語で何度も何度も読んでいるのに。
読み終えた後、俄然この時代への興味が湧きました。このあたりを描いた物語をもっと読んでみたいなと思います。

『県庁の星』 桂望実 /小学館 

県庁の星織田裕二主演で映画化というのを聞いてすぐに図書館で予約しておいたのが回ってきました。

県庁のエリートっていうからには主人公はきっと頭が良くて切れ者でかっこよくて、でも鼻持ちならないイヤミなヤツなんだろうな、研修先のスーパーでその鼻はどうやってへし折られるんだろう?
と、わくわくしていたのですが…。

どうしても否定的な言葉が多くなってしまうので、ここからは<続きを読む>の方で。
ただ、これを映画にしたら面白いかもしれないな、とは思いました。
わかりやすいし、クライマックスは盛り上がりそうだし、ひとりの男の成長物語になるんだろうし。
でも小説としての魅力は今ひとつ、だと思いました。

続きを読む

『写楽・考 蓮丈那智フィールドファイルIII』 北森鴻 /新潮社 

写楽・考読みながら改めて、先日見たドラマとこの物語は纏う雰囲気が全然違うことを確認。
このシリーズって、蓮丈那智をはじめキャラクターの魅力というのももちろんあるけど、やっぱり主役は事件と絡んで導き出される民俗学的な薀蓄や様々な説なんじゃないかと思うのです。今回クローズアップされたあの人物も物語にとって重要だけど、それでも前面に出すぎることはないというか…。これが長編だと人間関係の比重が大きくなったりしてまた印象が変わるのでしょうけれど。

旧家に伝わる人形、御守様の調査に出かけ、事件に巻き込まれる「憑代忌」は、事件そのものよりも締めくくりにさらっと語られたことが後になってじわじわと効いてくる感じ。だってさ、よく考えたらそれってものすごく怖いじゃないですかっ。この後味の悪さ、好き~。

「湖底記」は、鳥居についての考察と最後にたどりついた仮説がとても印象に残ります。鳥居の見方が少し変わりそう。

「棄神祭」で解かれるのは、那智が院生だった頃に立ち会った祭祀で起きた殺人事件。町に伝わる数え歌が不気味です。好きだけど。
作中に出てきたエッセイ「骨鳴りのこと」にちょっと切なくなりました。引き金になった言葉についてはちょっと強引かなという気もしましたが;

そして、一番「おお!」と唸ったのは表題作「写楽・考」。
那智の立ち位置が今までと違うので(今回は完全に当事者、ですもんね)そのぶんどうなっちゃうんだろう?というドキドキ度が高かったように思います。
作中に出てくる一枚の絵についてのあれこれも、「!」とおどろくことばかり。いったいどこからこういうことを思いつくんだろう?
タイトルのつけ方も上手いですね。巻末を見ると雑誌掲載時から変わっているようですが、私はこのほうが断然いいと思う。タイトルから「どうアプローチするんだろう」と期待していた私を、ラストで鮮やかに投げ飛ばしてくれました。参った!という感じです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。